旧笹ヶ谷銅山
(4月30日)
総合的な学習の時間の一環として、ふるさとの産業遺産である「旧笹ヶ谷銅山」の七番坑へ入坑しました。校区内にあるこの銅山は鎌倉時代に開坑されました。江戸時代には石見銀山領として幕府直轄となりました。近世においては、銅だけではなくヒ素も大量に産出されました。時代劇などでおなじみの「石見銀山猫いらず」といわれる殺鼠剤は、この銅山で生産されたものです。しかし戦後、飲料水などから環境基準値を超えるヒ素が検出され、公害認定を受けたことから現在では廃坑となっています。事前学習では理科や社会科を担当する教員からこの銅山の地質や歴史について説明を聞きました。現地では木部公民館の館長さんに採掘していた頃の様子を聞きながら案内していただきました。ありがとうございました。なお、このときの様子は5月1日付けの『山陰中央新報』及び『読売新聞』に掲載されています。ご覧下さい。 |

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